アジャイルマニフェストは今も正しい?

アジャイルマニフェストは、ソフトウェア開発に大きな影響を与えただけでなく、ビジネスの世界にも応用されています。しかし、ソフトウエア開発を取り巻く環境が大きく変わってきた今、それでもまだ有効といえるでしょうか?

1. アジャイルマニフェストの概要

アジャイルマニフェストは、2001年にユタ州のリゾート地での開発者が集まる小規模な会議で考案されました。 短いながらも非常に影響力があり、「4つの価値」と「12の原則」で構成されています。「4つの価値」は以下のとおりです。

アジャイルマニフェストの4つの価値

  • プロセスやツールよりも個人と対話を
  • 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを
  • 契約交渉よりも顧客との協調を
  • 計画に従うことよりも変化への対応を

12の原則では、迅速性、コラボレーション、継続的な反復プロセス、および定期的な製品リリースなどを重視することが述べられています。 アジャイルがうまく機能すると、これらの要素が連携して、開発者、顧客、およびその他の利害関係者間の強力なフィードバックループが確立されます。

マニフェストがソフトウェア開発に及ぼす影響は非常に大きいと言えますが、その影響力ゆえに、ソフトウェア開発の状況が変化した現在においてもマニフェストが当てはまるかどうかについては論争の的となっています。 実際、初版のマニフェストの署名者の中にも「見直す時期だと思う」と述べている人もいます。

マニフェストの原作者の1人であるAndy Hunt は、「口先だけでアジャイルを語る熱狂的なグループがいます。熱狂的なファンというものは、目的を忘れて無駄な努力だけを続けるものです。そして最悪なことに、アジャイル “手法” 自体はアジャイルではありませんでした。これはまったく皮肉なことです。」と述べています。

ソフトウェア開発者が増加し多様化する今の時代においても、アジャイルマニフェストは役に立つのでしょうか?

Photo by Bonneval Sebastien on Unsplash
Photo by Bonneval Sebastien on Unsplash

2. マニフェストが今も有効であるという意見

アジャイルマニフェストが現代のソフトウェア開発においても引き続き有効であるという証拠として以下の3つをあげることができます。

多くのベストプラクティスの土台

アジャイルマニフェストは、最新のソフトウェア開発における複数のベストプラクティスのコア要素となっており、これらは広く影響力を持つようになっています。

その影響力の例は次のとおりです。

アジャイルマニフェストが高速デリバリーに重点を置いていることは、ロジスティクス業界が、輸送手段を貨物船から高速ドローンへの変更を検討しているように、物理的な商品が世界中に配送される手段の変化にも大きな影響を与えています。

またアジャイルマニフェストは、カスタマーサービスをより対話式に変化させるのにも役立ちました。 これにより多くの業界で顧客満足度がより重視されるようになりました。「アジャイルマニフェストは、顧客とのコラボレーションを重要視します。それは、2001年と同様に今でも重要です。」とJennifer Lentは述べています。

時代を超えるビジネス価値

アジャイルマニフェストには特に目新しく感じるものはありません。 そこに書かれている価値観と原則は、アジャイルマニフェストに固有のものではありません。 アジャイルマニフェストの意義は、それら価値観と原則をインパクトのある文章として要約し具体化したことにあります。

Scrum.orgのCEOであるDave Westは「マニフェストの背景にある教えは私たちが発明したものではありません。これらは科学的な考え方であり、過去にはガリレオやアルキメデスも用いたものです。」と、述べています。

このような時代を超越した考え方は、論争を巻き起こしたとしても、常に役に立つものです。

異なる状況での柔軟な解釈

ソフトウェア開発における「成功」の定義は常に変化しているものです。これが、アジャイルマニフェストが、柔軟性を維持し、オープンな心を保ち、変化を恐れるなと強調する理由です。

アジャイルマニフェストの考案者は、文章を簡潔にして、解釈にある程度の柔軟性を持たせました。 環境は常に変化しますが、アジャイルマニフェストの価値観と原則も、状況に応じて解釈を変えていけば引き続き有効であると言えます。

3. 現在の変化に追従してないという意見

アジャイルマニフェストは2001年に作成された文章であり、それ以降にソフトウェア開発に起こった変化については説明することはできません。 

最新のソフトウェア開発環境

アジャイルマニフェストでは、対面のコラボレーションを重視しており、開発チームに対して、もしくは開発チーム内部で情報を伝達するのに最も効率的かつ効果的な方法であるとしています。 しかし、現代では、対面での会議が常に最適で実用的であるとは限りません。 地理的に離れた開発チームでアジャイルを実装することは、経験と専門知識を必要とする重要な課題です。

マニフェストが推進する価値の1つである顧客とのコラボレーションも、以前に比べてはるかに複雑になっています。 アジャイルマニフェストの考案者たちは、ソーシャルメディア、チャットボット、ビデオ会議、クラウドストレージなどの21世紀の偉大なイノベーションの数々をほとんど予測していませんでした。

「プロジェクトの管理に関しては、計画に従うのではなくフローに沿って進むことを勧めるアジャイルマニフェストは時代遅れです」とLentは書いています。 「このやり方は、ソフトウェア開発の現在の状況では簡単に崩れてしまうでしょう。」

アジャイルに対する誤解と誤った運用

「アジャイルという言葉はスローガン的に使われるようになりました。」とHunt は書いています。 「一部の手法だけを切り取った”ゆるいアジャイル” を行う人々が沢山います。」

アジャイルの人気が高まったために、多くのチームが十分にアジャイルを理解しないまま実装しようと試み、アジャイルのアイデアと文化を十分に反映していない結果に終わっています。また、そうなったとしてもそのことに気づかず受けいれている人もいます。このような事態は、アジャイルの考案者だけでなく、アジャイルを正しく実践している人にとっても苛立たしいものです。

特に大規模で物理的に分散したチームでは、変化に対してどれだけ迅速に適応できるかが重要であるため、アジャイルの理解が不十分であることで問題が発生してしまう可能性があります。

アジャイルで既知の問題に取り組む手法として、Scott Duncan は次のように書いています。「追加の機能が必要となった時、チームが予定していた他の作業と同時に実行できるように、予算やスケジュールを増減することはできますか?それができず、予算とスケジュールを維持しなければならないのであれば、この機能変更の優先度をあげることで、前から計画していた作業のうち優先度の低いものには対応できなくなってしまう可能性があります。」

また、アジャイルマニフェストで述べられている価値観と原則は、その意味を正しく理解した上で適用すれば非常に役立ちますが、それには、ある程度の経験が必要です。

アジャイルを正しく解釈しないまま適用した場合、顧客からの評価を失うだけではなく、開発者とチームが時間をかけて学び、改善するための情報やフィードバックの流れを妨げることになります。 アジャイルマニフェスト考案者のうち数名が、この問題を踏まえ、現在のアジャイルマニフェストとは異なる新しい文書を作成しようとしているということは理解できます。

4. 昔も今も変わらず重要なこと

アジャイルマニフェストの現在における有効性について、その賛成者も批判者も、どちらもが重要だと考えている価値は以下のとおりです。

コミュニケーションと理解

アジャイルの価値と原則を適切に理解して適用していることを見極める一つのポイントは、重要な会話を早期に開始し、開発者が自分の直面している課題について正直に共有しているかどうか確認することです。 全員が適切なトレーニングを受け、共通のコミュニケーション手法を共有できるようにすることが重要です。 大規模または地理的に分散したチームをトレーニングする場合、アジャイルマニフェストの考案者が当時予期していなかった課題をもたらす可能性があります。 より具体的な新しいアプローチが必要になる場合もあるでしょう。

アジャイルマニフェストには、「営業担当者と開発者は毎日協力しなければならない」という原則が含まれています。 大規模なソフトウェア開発プロジェクトとリモートチームが存在する現在では、毎日全員出席の会議を行うことは現実的ではないこともありでしょう。適切な管理ツールを使用すれば、このようなコミュニケーションの一部を代替することもできます。

信頼

「やる気のある個人を中心にプロジェクトを構築すべきである。彼らに必要な環境とサポートを与え、彼らが仕事を成し遂げると信じてください。」とアジャイルマニフェストは述べています。

アジャイルを適切に機能させるには、信頼が必要です。チームへの信頼、開発者間の信頼、企業と顧客間の信頼、そして何よりも、開発者自身に対する信頼です。 これらの多くはトレーニングで確立することができます。

「アジャイルチームは、より協力的になるべきであり、これにより顧客、製品開発者、プロジェクトリーダーなど、全員が可能な限りプロジェクに関わる機会を提供できます。」とDuncanは述べています。 これには強力な関係と安心感が必要です。2001年に比べて、現在はそれを確立することは難しくなっているかもしれませんが、ここでも適切なソフトウェアツールのサポートを利用することができるでしょう。

アジャイルマニフェストの原則のうち、現在においても変わらず重要だといえる、一番の原則は、開発者間、チーム間、開発者と顧客間、およびすべての利害関係者間の関係に重点を置くことでしょう。良い関係が構築されてさえいれば、デジタルテクノロジーを使って、世界中のマネージャー、開発者、および利害関係者間の関係を常に維持し、さらに強化することができます。

5. 結論

このように、多少の批判があったとしても、アジャイルマニフェストは、時代を超えて引き続きソフトウェア開発に影響を与え続けています。

ただし、プロジェクトの規模が大きくなり、複雑化するにつれて、チームの教育、組織、協力がより重要になってきています。 アジャイルマニフェストの原則の一つである「信頼を構築する」を複雑な組織で実現するには、新しい考え方と新しい技術的ソリューションが必要であるといえます。